東京地方裁判所 昭和42年(レ)11号 判決 1968年6月03日
控訴人(原審本訴原告、反訴被告) 笹岡利江
右訴訟代理人弁護士 竹石辰蔵
被控訴人(原審本訴被告、反訴原告) 那須季吉
右訴訟代理人弁護士 成田哲雄
主文
一、本件控訴を棄却する。
二、控訴費用は控訴人の負担とする。
三、原判決主文第二項は反訴請求の減縮により次のとおり変更された。
控訴人は被控訴人に対し、別紙目録(二)記載の建物部分を明渡せ。
事実
控訴代理人は「(一)原判決を取り消す。(二)被控訴人は控訴人に対し、別紙目録(一)記載の建物につき、昭和三一年一一月初旬の売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。(三)被控訴人の反訴請求を棄却する。(四)訴訟費用は第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一、二項同旨の判決を求めた。
≪以下事実省略≫
理由
一、控訴人の本訴請求について。
控訴人は昭和三一年一一月初めごろ、被控訴人から本件建物を代金一五万円で買受け、その支払いはかねて控訴人が被控訴人に預けておいた金四五万円の中から当てることとした旨主張し、原審ならびに当審において控訴人は右主張に沿う供述をしている。また≪証拠省略≫によれば、控訴人は昭和三一年八月ごろ被控訴人に対し豊島区長崎三丁目所在の建物の売却方を依頼し、その売却代金として控訴人が受け取るべき金四五万円について、控訴人は被控訴人にその保管を依頼したこと、被控訴人は同年一一月初めごろも控訴人のためにこれを保管していたことが認められる。
しかしながら≪証拠省略≫によれば、(1)控訴人は昭和三一年一一月初めごろ本件建物の北側の、別紙目録(二)の部分に入居したが、その入居直前被控訴人は右建物部分の修繕をし、三畳ならびに便所を新たに増築し、また畳を新たに入替えるなどして、自ら四万五〇〇〇円余の出費をしていること、(2)当時本件建物の南側部分には訴外佐伯某がこれを被控訴人から借り受けて居住していたのであるが、控訴人は昭和三一年一一月初め以降佐伯に対し直接立退きを求めたり、逆に賃料の請求をしたことがないばかりか、自己が新たに本件建物の所有者となった旨告げた事実もないこと、(3)本件建物の固定資産税は、控訴人入居以降も引き続き、被控訴人においてこれを支払って来ており、また本件建物の敷地約三〇坪は、被控訴人が他から賃借していたのであるが、控訴人は本件建物に入居した以降、その敷地の賃料を支払ったこともなく、敷地の利用関係につき何らかの配慮をした形跡さえないこと、以上の事実が認められる。
≪証拠判断省略≫
以上のほか控訴人主張の売買契約の成立を肯認するに足りる証拠はない。そうすると控訴人が本件建物を買受けたことを前提とする控訴人の本訴請求は理由がない。
二、被控訴人の反訴請求について。
(一) 本件建物がもと被控訴人の所有であったところ、現に控訴人が本件建物中、別紙目録(二)の部分に居住してこれを占有していることは当事者間に争いない。控訴人は被控訴人からこれを買受け、したがって被控訴人はその所有権を失っている旨主張するが、これが理由のないことは前段説示のとおりである。
(二) 控訴人は占有権原として使用貸借を主張するので考える。控訴人が昭和三一年一一月初めごろ本件建物の北側部分に入居したことは前記のとおりであるが、≪証拠省略≫によれば、控訴人は同年七、八月ごろ、当時居住していた日暮里の家が競売され、行き先きもなく困っていたところ、かねて知り合いの被控訴人の好意から同人方の二階に一時身を寄せることになったこと、ところが同年一一月ごろ、たまたま本件建物の北側部分が空いたので、前記のとおり被控訴人においてこれを修理したうえ、控訴人に対し、豊島区長崎三丁目所在の、控訴人の弟の家が空くまで暫定的に無償で使用させる旨の契約が成立したことが認められる。
≪証拠判断省略≫
これに対し被控訴人は本件反訴による解約を主張するので考える。この使用貸借には期間の定めがなかったことは当事者間に争いないので、次に使用貸借の目的について考えると、民法第五九七条第二項の「契約に定めたる目的」とは、居宅である建物使用貸借においては「居住の目的」であると解すると、期間の定めのない居宅の使用貸借において、借主が居住を続けている限り「目的に従って使用収益を終りたるとき」は到来せず、また「使用収益をなすに足りる期間を経過した」ともいえないから、貸主は明渡しを求めることができないことになる。かくては貸主の恩恵に基礎を置く使用貸借の借主の方が、有償契約である賃貸借における借主の地位よりも、強大な保護を受けることになって妥当ではない。むしろ右法条にいう「目的」とは目的物の用方に従ってその物を使用収益するような一般的抽象的な目的を指すのではなく、契約締結時において、貸主が借主に対し、特段に無償の使用を許すに至った動機ないしは当事者の意思から推測されるより個別的具体的な目的を指すものと解すべきである。このことは民法第五九四条第一項が使用貸借の借主の使用収益権として、契約によって定まった用法に従い使用収益をなす権利と目的物の性質によって定まった用方に従い使用収益をなす権利との二種を認め、同法第五九七条第二項が返還時期の到来の時期を前者の権利、すなわち契約によって定まった目的に従う使用収益の権利の行使の終った時またはその権利の行使をなすに足る期間の経過した時と規定し、目的物の性質によって定まった用法に従い使用収益を終った時を返還時期と規定していないことによっても明らかである。本件建物の北側部分の使用貸借において、控訴人主張のような「住居に使用する目的」とは、目的物の性質によって定まった用法に過ぎず、これをもって契約に定めた目的ということはできない。使用貸借成立に至った前記経緯によれば、その目的は、控訴人の弟の家が空くまで暫定的に使用させることにあったと認められる。そうすると控訴人が昭和三一年一一月初めごろこれに入居して以来、本件反訴提起まですでに約一〇年を経過していることが明らかであるから、控訴人としては、その目的に従った使用収益をなすに足るべき期間を経過したものと認めるべきである。そして本件反訴により被控訴人が控訴人に対し、その明渡しを求めていることが明らかであるから、これにより使用貸借は終了したものと認められる。
三、以上のとおりであるから控訴人の本訴請求は失当として棄却し、また被控訴人の反訴請求は正当として認容すべきであり、これと同趣旨の原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条第一項により、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して主文第一、二項のとおり判決する。なお被控訴人は反訴として控訴人に対し明渡しを求める建物を当審において別紙目録(二)記載の部分に減縮したので、これを超える範囲の建物の明渡しを求める部分は当初から訴訟の係属がなかったことになり、この部分の請求を認容した原判決は、この限度で当然その効力を失った。よって念のため失効した部分を明らかにするため、主文第三項のとおりこれを宣言することとする。
(裁判長裁判官 岩村弘雄 裁判官 舟本信光 原健三郎)